【Book review】神様の定食屋

CULTURE

2023.11.17

 

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食欲の秋到来、読書で心も満腹に!

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『神様の定食屋』

ジワっとくるのは料理の旨味それとも……涙?

活字の間から滲み出る人情噺のごちそうです

 

著    者: 中村颯希

出版社:双葉文庫

定    価: 672円(税込)

 

繁盛店に密着して調理のプロセスを紹介するYouTubeが好きです。特にメニューが豊富な定食屋が面白い。

前夜の下ごしらえから始まり、見事な包丁さばきやら、華麗で豪快な鍋振りの姿、手際よく様々な料理が誕生していくさまは魔法でも見ているようです。

なんちゃって料理研究家のYouTubeも「〇〇だけで美味しく」のフレーズに魅かれつい覗くのですが、その工夫がイマイチでも、調理動作が洗練されてなくても、美味しく作ろうとする姿にやはり心が打たれます。

人生を振り返って、いちばん最初に印象が残る母親の働いている姿は、お腹を空かせた自分のためにご飯を作ってくれているシーンではありませんか?

その姿は頼もしくて、感謝の気持ちでいっぱいになりましたよね。だから食堂でも、カウンター席で、調理人が調理をするのを見ながら料理を待つのが好きです。

あの料理は私が注文したものだなとわかると自然とウキワク(・・・・)してきます(笑)。

 

 

【本書のあらすじ】

 

両親を事故で失った高坂哲史は、妹とともに定食屋「てしをや」を継ぐことに。

ところが料理ができない哲史は、妹に罵られてばかり。ふと立ち寄った神社で、「いっそ誰かに体を乗っ取ってもらって、料理を教えてほしい」と愚痴をこぼしたところ、なんと神様が現れて、魂を憑依させられてしまった。

料理には誰かの想いがこもっていることを実感する、読んで心が温まる一冊。

――双葉社のH.P.より。

シリーズ化されていて、本書はその1冊め。連作短編集の形をとっていて、それぞれのお話の題材として料理が登場します。その料理は、チキン南蛮や豚汁、唐揚げ、おでんなど定食屋の名に相応しく庶民的なものばかり。

でも「神様の(手を借りて)」が枕につくので、どれも超絶に旨いのです。

 

 

 

【著者について】

 

中村 颯希(なかむら さつき)氏は、「小説家になろう」という投稿サイトに投稿後、各出版社の目にとまり書籍化され商業作家デビュー(2016年『無欲の聖女は金にときめく』)。

文庫本の著者紹介を見ても著者のデータはありません。公式には年齢・性別不詳で通されています。シリーズ化も多く、本作の他に『無欲の聖女』、『シャバの「普通」は難しい』、『ふつつかな悪女ではございますが 雛宮蝶鼠とりかえ伝』等があります。

 

 

【舞台&背景】

 

舞台となる定食屋の所在地は東京。大企業のビルが建つ駅から5分の好立地です。

でも具体的な町名は出てきません。物語から推測すると、23区の真ん中・赤坂まで往復1時間の範囲内にあるようです(2話で哲史に憑依する銀二さんの天ぷら店が赤坂にあり「往復でも終電まで1時間以上あって可能」とあり)。

 

哲史がすがる神社は定食屋から歩いてほど近く。もとはお寺でしたが、明治の廃仏毀釈運動に巻き込まれて時の僧侶が神職に転向し、寺を神社に変えたとの説明があります。食を司る神様は、お酒好きのゆるキャラで、銘酒につられて哲史の願いをよく聞き入れます。

 

定食屋の店名の「てしをや」の由来は、手塩にかけて育てた子供に食べさせるような料理」の他にもう一つの由来が……それは……

5話目の「唐揚げ」の話のなかで。チキン南蛮も看板メニューである理由もわかります。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

定食屋の倅(せがれ)なのに料理のことはまるで知らない、何もできない。

とはいえ、父親が脱サラして定食屋を始めたのは5年前なら、むべなるかな。第一話の書き出しで、哲史は会社のSE(システムエンジニア)として3年務めたこと、大学入学時から一人暮らしとの記述があり、定食屋の立ち上げにはかかわってないことが分かります。

妹の説明に5歳下とともに、20になったばかりとあるので哲史は現在25歳であろうと思います。ところで、定年前に娘とともに定食屋という第2の人生にチャレンジしたご両親はあっぱれ!と言いたくなる設定です。

 

なにはともあれ、料理には一切縁のなかった哲史ですから、「落とし蓋」すらギャグになってしまいます。お話はどれもグチやボヤキから始まり、笑いがあり、最後にホロリとさせられる筋書きばかり。

ライトノベルズというカテゴリーに入れられるようですが、落語のよくできた人情噺を聞くようです。短いお話を通じて、哲史が一人前の料理人として成長していく物語でもあります。居酒屋ゆうれい』や『ゴースト』のように、この世に未練のある幽霊が乗り移って、体を借りて想いを遂げるという映画も和洋にありますが、このお話では体を貸す側の意識も残っているところがミソ。

 

哲史が乗り移った霊と会話したり、手仕事を見て料理を覚えたりします。乗り移ってくる霊は、いずれも家庭料理の達人であり、一流のシェフをもうならせるプロ中のプロであったりもするので哲史の料理の腕は格段に上達していきます。

そして、最後のお話で乗り移ってくる霊は誰なのか……哲史がいちばん待っていた人がヒントです。

2017年6月に第1巻発行後、2巻、3巻と続き本年(‘23年)11/15に4巻発行と好調です。最後のおでんのお話は、それまでの哲史の視点から妹側に変えて後日談的な話で終えています。

著者はシリーズ化されるとは思っていなかったのではないのでしょうか(笑)。