【Book review】キッチン常夜灯

CULTURE

2023.11.11

 

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食欲の秋到来、読書で心も満腹に!

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『キッチン常夜灯』

夜通しやっているビストロだから味わえる

運命的な 出会いや癒しも堪りません

 

著    者: 長月 天音

出版社:KADOKAWA/角川文庫

定    価: 814円(税込)

 

今年の残暑も長かったので、冷たいものをいただく期間も長くなり、夏バテも続いた感じです(ホント、気持ちのよい春と秋の季節が短くなっているように感じませんか? )。

とはいえ、ようやく気温も落ち着き、夜は暖かい料理を嬉しく思うようにもなりました。

そんな折、帰宅時には本屋さんに寄る知り合いから、食欲&読書の秋に「タイムリーな一冊」と紹介されたのが本書です。

 

なるほど、フランスで修業してきたシェフが丹精こめてこしらえる伝統的な家庭料理は、料理名からして美味しそうな響きです。出来上がった料理の描写では湯気も伝わり、唾もたまってきてゴクリと喉が鳴ります。本物の料理なら食べ過ぎも気になりますが本の世界でなら、いくら食べても太ることを気にすることはありません(笑)。

 

読むことが代償行為となるのなら、立派なダイエットの方法かも。とはいえ、美味しそうな料理の描写に食欲が沸き起こることは必至なので、あたたかなカフェに小さなお菓子を添えて小腹を満たしましょう。

それは秋の読書の必然パートナーですもの。

 

 

【本書のあらすじ】

 

街の路地裏で夜から朝にかけてオープンする「キッチン常夜灯」。チェーン系レストラン店長のみもざにとって、昼間の戦闘モードをオフにし、素の自分に戻れる大切な場所だ。

店の常連になってから不眠症も怖くない。農夫風ポタージュ、白ワインと楽しむシャルキュトリ―、アップルパイなど心から食べたい物だけ味わう至福。寡黙なシェフが作る一皿は、疲れた心をほぐして、明日への元気をくれる――共感と美味しさ溢れる温かな物語。

――文庫本のカバーより。

 

マンガが原作でテレビドラマや映画にもなった『深夜食堂』のビストロ版というとわかりやすいかも。朝7時まで営業するビストロには、時間帯に応じて様々なお客さまがやってきます。シェフがサーブする料理が絶賛されるのは、お客さまの事情を察し、お客さまのことを思っての料理だからに他なりません。

 

毎晩カウンターの片隅でうたた寝しながら夜を過ごす一人の女性客に用意するのは日替わりのスープ。たとえスープ一杯のお客さまでも朝まであたたかく見守ってくれるのは、この〝深夜ビストロ″ならではのおもてなし(・・・・・)。

お話の主人公の南雲みもざが、そのおもてなしに癒され触発され、チェーン系レストランの店長という仕事をこなせるようになっていく成長物語でもあります。「こんなビストロが家の近くにあったらいいのになぁ」と、秋の夜長に思う読者はきっと多いのでしょうね。

 

 

【著者について】

 

長月天音(ながつき あまね)氏は1977年、新潟県生まれ。大正大学文学部卒業。2018年に『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。

葬儀場を舞台にした『ほどなく、お別れです』は好評でシリーズ化されました。コロナ禍の飲食店を描いた『ただいま、お酒は出せません!』(‘22年発行)の集英社文庫のwebインタビューでは、大学卒業後、ずっと飲食店勤務を続けてきたとお話されています。

飲食業界の現場を知り尽くされているからこそ、大型ファミリーレストランのキッチン内部の様子やら事情が詳しく書けるのですね。

8冊目となる本書は文庫書下ろしです(‘23年9月25日初版)。

 

 

【舞台&背景】

 

季節は冬。みもざの勤務先は、海外からの観光客も多い東京・浅草の「ファミリーグリル・シリウス浅草雷門通り店」とプロローグで紹介されます。

寒波襲来で来店客がなく、早く帰れたみもざの寝込みを階上の火事が襲います。みもざの住む墨田区・東向島の単身者用マンション(最寄り駅は曳舟)は浅草から2駅(5分)の近距離。

冬の寒空の下、着の身着のままで放り出されたところから物語は始まります。

 

消火活動で水浸しになった部屋が片付く間、会社が用意してくれた仮住まい先は、文京区本郷にある倉庫(かっては寮)の一室。通勤に使う最寄り駅は水道橋で、「キッチン常夜灯」は倉庫から1本外堀通りに近い路地にあります。

古いマンションの半地下にある店内は、カウンターが8席に二人掛けのテーブルがふたつ。終電を逃した酔客ばかりでなく、みもざのような訳あり女性がシェフの調理の作業を見ながら癒されにきているのです。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

ビジネス優先の同じ職場であったレストランを嫌って、小さなビストロを始めたシェフの城崎恵(キノサキケイ)とソムリエの堤千花(ツツミチカ)の2人。

夫婦でもなく恋人関係でもなく、いわば同志と呼ぶべき関係です。二人の飲食店に携わる際の、こころざしや主義・主張はどういったものなのでしょう。

ケイと千花さんから照れくさがられるかもしれませんが、それは「愛」と「家族」がテーマなのだと思います。儲けを度外視しても、いい素材で、時間を気にせず丁寧にこしらえる。

 

一見のお客さま(みもざも最初は)であっても家族のように親身になって相手をする。 飲食店にとっては、ごく当たり前なことであっても利益や合理性を追求すると、ついおざなりになってしまう。店長のみもざの悩みもそこにありました。

みもざが「キッチン常夜灯」を見つけて解消を図れたように、あなたにも私にも、すてきな店ですてきな人との運命的な出会いがありますように、と祈ります。