【Book review】男ともだち

CULTURE

2023.10.13

 

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いい小説は

作り話とわかっていても心がざわつきます

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『男ともだち』

男女の仲を超える至高の愛が垣間見えます

性の別なく こんな友人持てたらいいなぁ

 

著    者: 千早 茜

出版社:文春文庫

定    価: 781円(税込)

 

コロナ禍も落ち着いたので、旧盆の墓参りに夏休みを兼ねて田舎の実家へ。

仏花を求め郊外にあるディスカウントがウリのホームセンターに向かったところ、本の売り場が併設していて、そこで本書を見つけました(レジは一緒でも本の割引はありません)。

実は、夏休みの読書は何にしようかと、女ともだちに問うたところ、著者の作品群を勧められていたのです。

ところで田舎の町なかの個人経営の書店は、皆シャッターを閉じてしまいました。一件も書店のない自治体は全国で417を数えます(2017年7月31日トーハン調べ)。

どんな形でもいいから本の売り場は失くして欲しくないですね。

ホームセンターで見つけた本書には、金色の太い帯が誇らしげに巻かれていて、「祝・直木賞受賞」とあります。別作品での本年受賞(第168回)のお祝いですが、この『男ともだち』も、第151回(‛14年)の直木賞候補になっています。

 

 

【本書のあらすじ】

 

29歳のイラストレーター神名葵は関係の冷めた恋人・彰人と同棲をしながらも、身勝手な愛人・真司との逢瀬を重ねていた。仕事は順調だが、ほんとうに描きたかったことを見失っているところに、大学の先輩だったハセオから電話がかかる。

七年ぶりの彼との再会で、停滞していた神名の生活に変化が訪れる――文庫本のカバーより。

 

前年の作品「あとかた」をはじめ、連作の短編集が多いなかで始めての長編となります。章立ては全部で7章。1章では、雑誌の連載を抱える多忙なイラストレーター神名葵の暮らしぶりから始まり、5年めとなった1歳年下の同棲相手・彰人とのセックスレスな生活、不倫となる医師・真司との関係、京都を離れ富山で暮らす先輩・ハセオの説明と、神名葵を取り巻く主要な男性が紹介されます。

2章はクリスマスを情景に神名の交友関係の描写が続き、異常な幼児体験も明かされます。

3章はハセオの招きで富山へ。ここでようやくハセオが長谷雄という苗字であることがわかります。富山は大雪でハセオの部屋に宿泊しただけ。

もちろん男女の関係にはならずに。そして彰人との関係に重大な局面が訪れます。

4章、5章と、ハセオが中心となって物語を動かしていきます。大学時代の同級生・美穂も神名と対比する存在として盛り上げます。

そして6章、季節は春となり、独りとなってアトリエで仕事に集中する神名は大学時代のサークルの飲み会のあとにハセオを誘って広島に。

神名のほうから求めますが、ハセオの答えは「世界の終わりの日にしよう」でした。

2年後の話となる終章では、神名は恋人ができたことをハセオに告げながら杯を重ねます。

神名とハセオは最後までともだちのまま……。大事件があるわけではないけれどひき込まれます。会話もテンポよくスラスラと読了。

 

 

【著者について】

 

千早 茜(ちはや あかね)氏は1979年北海道江別市生まれ。

立命館大学文学部卒業。2008年「魚」で第21回小説すばる新人賞受賞。受賞後「魚神」と改題。

翌09年、『魚神』で第37回泉鏡花文学賞受賞。13年、『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞受賞。

21年、『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞。直木賞候補の常連ではあったものの、ようやく本年(23年)、『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞しました。

 

 

【舞台&背景】

 

著者が立命館大学卒業とあってか、京都が舞台。

神名とハセオは大学の同じサークルの先輩後輩の関係です。恋人にならず〝ともだち″のままで男女の関係が続いていくことは、サークルという聖域のなかでは成りたつことかもしれません。

テレビドラマや映画でも、男女の関係があからさまな学園ものや青春ものよりも、健全な同棲や禁欲的なシェアハウスもののほうがヒットしている気がします。

成人した健康的な男女が同じ部屋で過ごしていて……何もおきない。というのは、奇妙かもしれませんが、その意外性がウケるのでしょう。ハセオから、神名とは、セックスよりも見守るほうを選ぶという趣旨の発言があります。

愛という言葉は使われませんが、ハセオにとって、この形のほうが愛の次元が高くなっているのでしょう。やはりハセオはサークルという聖域での修行僧なのだと思います。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

巻末の解説は文庫本ならではの楽しみ。解説者である村山由佳氏は出だしの1行で「登場人物全員、ものの見事に屑ばかりだ」と、バッサリ斬っています。

とくに神名の奔放さは眉を顰める人も多いのかも(田舎で読んでいたので、保守的な気分が働きそう思うのかもしれません・苦笑)。

でも、村山氏は「むしろ清々しい気分になる」と続けています。

神名葵はどんな容姿なのか、イラストレーターとしての収入は、いかほどかは作品中に詳しく書かれていませんが、やせ型、お団子ヘア・赤いパンプス、ミニスカートなんてキーワードが登場します。

イラストレーターっぽくない格好という説明も(男3人を手玉にとるなんてモテますよね)。高級そうなレストランやバーにも出入りしているし、移動はタクシーが多いとあって稼いでいるのかなぁ、なんてやっかみも。

作品のなかで「虚構を描く・嘘つきの仕事」と神名が言っていることを思い出せば、まさしく虚構を読んでいるわけですから心のざわめきが落ち着きます(笑)