【Book review】52ヘルツのクジラたち

CULTURE

2023.08.22

 

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読書は私の心に潜む

聞き取りづらい本音を私に気づかせてくれる

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『52ヘルツのクジラたち』

 

届かなかった声もいつかは届く

あきらめずに続ける気持ちが幸せを呼びます

 

著    者: 町田 その子

出版社:中公文庫

定    価: 814円(税込)

 

2021年本屋大賞第1位! 待望の文庫化!!という大きなポスターとそこかしこにコーナーを設けてアピールしていた目黒駅ビルの有隣堂で初版を購入しました。

駅で待ち合わせの際、本屋さんが入っているといいなぁ。偶然の面白いドラマが始まりそうな気がしませんか……それはなくても、とりあえず、待ち合わせの相手を気にしながら、本の背表紙の題名から想像されるドラマを楽しむことができます。

でも、ケータイ・スマホの登場後、「待つ」という行為が無くなってきたようにも感じられます(「すれ違い」もそうかな)。いつもつながっているのは安心なのでしょうけれど……。

本書は、つながりたいのに、つながれない、孤独な悲鳴を発している登場人物たちのドラマ。題名の52ヘルツのクジラとは、「他のクジラが聞きとれない高い周波数で鳴く世界で一頭だけのクジラ(文庫本のカ

バーより)」なのですね。

YouTubeでクジラの鳴き声をいくつか聴くことができます。心の緊張をときほぐすリラクゼーションにも使われる声をBGMに読書を始めてみましょうか。

 

 

 

【本書のあらすじ】

 

「52ヘルツのクジラ」とは、上記した通り仲間のクジラには何も届かない、何も届けられないこの世で一番孤独なクジラ。

主人公の女性・貴瑚(きこ)は、少女期と青年期を実母と義父のいじめに遭ってきました。偶然遭遇した旧友・美晴とその仲間に救い出され、家族から解放された貴瑚でしたが、自分の足で歩き始めたところ、訳ありの恋人ができ、ひどい仕打ちを受けます。

すべてを清算して、田舎の海辺の村の古い一軒家に移り住んだ貴瑚。その前にいくつかの事件が起こります。家族から自分を救い出してくれた美晴の仲間、アンも52ヘルツのクジラであったことも知るのです。そして貴瑚は、暮らし始めた田舎で母に虐待され「ムシ」と呼ばれる地元の少年に出会います。

文庫本のカバーには「孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、愛の物語が生まれる」と解説されています。

 

 

【著者について】

 

町田(まちだ)そのこ氏は1980年生まれ。

福岡県在住。結婚、出産、子育てを経験後「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR₋18文学賞」の大賞を受賞し、2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。

本作の『52ヘルツのクジラたち』で‘21年本屋大賞を受賞(‘24年には映画化も決まっています)。

また‘22年には『星を掬う』‘23年は『宙(そら)ごはん』が連続して本屋大賞にノミネートされるなど、現在いちばん売りたいと書店員さんに愛されている作家ともいえます。

 

 

 

【舞台&背景】

 

時代は育児放棄やDV(家庭内暴力)の話題に事欠かない現代。

舞台は、主人公・貴瑚の祖母がかつて暮らしていた大分県の最果ての漁師町。お話はその町の古い家から始まります。知りあいのまるでない田舎暮らしでしたが、修繕を依頼した地元の工務店の若者と交流が生まれ、その漁師町の裏事情やら虐待を受けている「ムシ」と呼ばれる少年の家庭環境やらが、明らかにされていきます。

本名を名乗ろうとしない小年は、鬼親である実母からの折檻のあまり声を発することができなくなっていたのです。同じような目にあってきた貴瑚の回想という形で舞台は東京へと移ります。

貴瑚が、家族から受けてきた仕打ちの積み重ねが紹介されるなかで、貴瑚が少年に並々ならぬ関心と救いの手を差し伸べて行こうとする気持ちが生まれてくる理由がわかります。

そして大分に来ることになった大きな事件(貴瑚のお腹に刺し傷が残るほどの)も読者は知ることになるのです。少年を保護し、一緒に暮らすようになった貴瑚は、しゃべれなくなった理由を探しに親友の美晴とともに九州の小倉に向かいます。

そこには少年を愛してくれた人達がいたこと、そして、小年が「愛(いとし)」という名であることも知るのです……。

文庫本の巻末解説(内田 剛氏)には、ヒットの要因に(作品がすばらしいのは、もちろんとして)単行本が発表となった2020年4月がコロナによる緊急事態宣言が発令された、まさにその時であったことを挙げています。暗い時代を背景に、不安におびえる人々の心の拠り所に本書がなったというわけです。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

少年の本名がわからない間、「ムシ」の呼び名はかわいそうだと、小年の愛称は、52ヘルツの鳴き声にちなんで「52」になりました。

では、実際のクジラは何ヘルツで鳴いているのでしょうか?「クジラ 鳴き声」で検索すると、数件のヒット。まず「鳴く」と本の中でも表記していますが、クジラには声帯がないので鳥や家畜が鳴くのとは異なるとのこと。

鼻の奥のひだを使い音を発します。また、クジラの種類によって異なるものの、10~39ヘルツの音を発するという記述があります。

さらに、水中での音の伝わる早さは空気中の5倍、加えて人間の鼓膜が破れるほどの大音量を発するシロナガスクジラは800㎞先の相手とコミュニケーションが可能とも。

閑話休題、文庫本化にあたっての嬉しいおまけが。ブックカバーをはがすとその裏側に、その後の暮らしが印刷されていて、貴瑚たちの様子を知ることができますよ。