【Book review】とにかく散歩いたしましょう

CULTURE

2023.05.09

 

🌼心の息が詰まったら、息抜きに読書と散歩を加えてみませんか🌼

 

 

散歩は身体のためだけではありません

心の健康にも有効です

 

著    者:小川洋子

出版社:文春文庫

定    価:748円(税込)

 

Kindleの読み放題で本書を見つけました。

毎日新聞に4年をかけて月イチで連載したエッセイ「楽あれば苦あり」を改題して一冊にまとめたもの。毎日新聞社の電子書籍版で読みましたが文藝春秋から文庫本も出ています。

新聞連載ゆえ教養の要素も強く含んでおり、各文学賞の審査員も務める高名な作家が書かれているだけあって、各エッセイには胸を打つエピソードや名言がちりばめられています。

Kindleで読むと現れる読者からの“ハイライト”のマークを見つけるたびに、「ほほ~、ここがこれだけの人が感動したのね」と先人の数多き読者諸氏の気持ちを推し量り、自分も同じように感動したことで納得する箇所が度々ありました。こういう共有感は電子書籍ならではの楽しみとも言えるでしょうね。

 

 

【本書のあらすじ】

 

本書のタイトルのもとになっているのは、表紙カバーのイラストをはじめ、収められているエッセイにもしばしば取り上げられる、著者の愛犬ラブとの散歩。ラブが亡くなっても散歩は続くのですが、散歩の効能についてあとがきでこう綴られています。「歩きながらいつも私は、書きかけの小説の行き詰まった状態を整理整頓し、次の場面で目指すべき方角を見定めていました。あるいは、混乱した現実問題を解きほぐし、『まぁ、どうにかなるだろう』という結論を導き出していました」そんなに風に生まれたであろう珠玉のエッセイが46編。

身近な日常を題材に、自分の失敗談も交えて、読者を探り寄せながら、世界を広げ、格言や真理へと運んでいきます。例えば、最初の1編は、3歳の姪のエピソードからはじまり、中勘助の小説『銀の匙(さじ)』へ、さらにフランス語の小説『悪童日記』へとつながり(著者の豊富な読書量が伺えます)、そして最後は文学の可能性について考察します。

その可能性のヒントが「る」と「を」の文字―それがこの最初のエッセイのタイトル(なんとも意味深!)です。46編中、情を感じ、涙を誘うエッセイもあるなかで、異彩を放つのは、「ハダカデバネズミ」を取り上げたエッセイです(2編あります)。奇妙な生態をはじめ、人間の言語の起源は、この動物に由来するのかも、という話に、ワタクシ書評子もすっかり魅了されました。話題づくりのネタ本としてもいいのかも。

 

 

【著者について】

 

小川洋子(おがわようこ)氏は1962年生まれで岡山県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞を受賞。1989年最初の単行本『完璧な病室』を刊行。1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞。2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞(第1回)を受賞。

同年、『ブラフマンの埋葬』が泉鏡花文学賞。2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を。

2012年『ことり』が芸術選奨文部科学大臣賞。2020年『小箱』で野間文芸賞。また、芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞の選考委員を務められています。2021年には紫綬褒章、2023年には日本芸術院賞を受賞されました。

海外で作品が最も多く翻訳されている現役女性作家でもあります。

 

 

【舞台&背景】

 

新聞に連載されていたのが2008年~2012年。作家としてデビューから20年、小川氏は46歳~50歳、油の乗り切った時期に、書かれたエッセイと言えるでしょう(2010年に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」を切り口にした一編もあります)。

ただ、残念なことに、連載が終わったとたん、愛犬のラブラドールのラブが死んでしまったと、あとがきにあります。御年14歳と6ヶ月、人間に換算すると113歳超え! 超高齢犬として大往生されたことでし

ょう。

小川氏が幼犬の頃からともに歩いた毎日の思い出が寺田順三氏の描く表紙カバーの可愛らしいイラストに表われています。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

前回、角田光代氏のエッセイを取り上げましたが、続けて小川洋子氏の本書を読むと、どちらもとても面白いのですが、読後感の違いに驚きます(当たり前のことですけど)。

これがおふたりの受賞歴の違いでもある直木賞と芥川賞の違いなのかなぁと、妙な納得の仕方をしてしまいました。ご両名とも小説を書くにあたってたいへんな苦労をされていると思いますが、小川氏は本書のなかでも、小説の題材選び(「書かれるべき物語があるからこそ作家のもとにやって来た」と表現)、書き進める苦悩(「宇宙の漆黒よりも深い闇……」)、その苦悩や不安を乗り越えた境地(「……書かれるべきものは、やはり沼の底で待っていた……」)ついて触れています。

(登場人物の話を)「一生懸命に書く、という意気込みが、一生懸命に聞く、と変わってからが、本当の小説のスタートである」とも(そのエッセイのタイトルが「盗作を続ける」でした)。ちなみに本書のタイトル「とにかく散歩いたしましょう」と同じエッセイは、老犬となったラブの身辺から死についても考えた内容でした。