生きてさえいれば
CULTURE
2023.03.15
🌸ふとした日常の裏側にドラマが隠れているんです🌸
若くして逝ってしまった作家の
無念の想いが作中のロマンスに溢れています
著 者: 小坂 流伽
出版社:文芸社文庫NEO
定 価:682円(税込)
“もうすぐ春ですね”と「春」でKindleで検索したら、本書が紹介されました。
ヒロインの名が春桜(はるか)だからでしょうね。
本書の著者は、実はすでにお亡くなりになっています。
著者の死後、遺族が著者のパソコンに残っていた原稿を見つけ、版元に託し、本書が生まれたのです。
自費出版の話がきっかけで誕生した前作の『余命10年』と本作と合わせ生涯で2作品を創作されたことになります。『余命10年』は昨年(’22年)3月に公開された映画(小松菜奈・坂口健太郎 共演)を強く記憶されておられる方も多いかと思います。
映画化もきっかけとなり、大ベストセラーとなりました。
『生きてさえいれば』と題名に謳われた本書も順調に版を重ねていて、今年の3月末にいったん閉館する八重洲ブックセンターで見つけた文庫本には11刷と印されていました(‘22年4月の版元からのお知らせでは25万部と紹介)。
【本書のあらすじ】
心臓に病を抱え、病室から出られない20代後半の女性・春桜(はるか)は、送る用意のできた封筒に宛先を書けないまま、大切に持ちつづけていました。
甥の小学6年生の千景(ちかげ)は、見舞いに訪れた際にその封筒を見つけます。
千景は、実はいじめにあっていて、自殺すら考えています。そして、死んだら自分の心臓を春桜にあげて欲しいと願うほど、若くて美しい叔母が大好きなのです。だから千景は叔母の代わりに封筒を届けようと決意します。封筒には古いメモが添えられていましたが、それは大阪の曖昧な住所。親にも春桜にも黙ったまま、東京から大阪の旅を始めることで、物語は動いていきます。
曖昧な住所ながら、宛名の羽田秋葉(はねだあきは)を頼りになんとか千景はたどりつきます。
でも、ようやく会えた秋葉本人に、千景は封筒をすぐに渡そうとせず、どういう人物なのか探ろうとします。そうこうするうちに日帰りのつもりが泊まることになってしまい、秋葉は春桜が元気だった大学生の頃、付き合っていた男性(ひと)だとわかります。
そして秋葉の7年前の回想で、大学生時代が蘇っていきます。春桜との出会いや、春桜の姉の冬月(ふゆつき)との関係、秋葉と春桜を取り巻く友人たちとのエピソードが語られます。
さらには、秋葉が東京を離れ、大阪に戻らなければいけなくなった理由も。また大阪には、秋葉の母が再婚相手との間にできた異父兄妹の夏芽(なつめ)がいます。登場人物の名前に一文字ずつある「春・夏・秋・冬」がお話のキーワードになっているのです。
夏芽が車椅子を必要とする理由もわかります。エンディングは秋葉が千景を連れて東京の春桜のもとに向かう王道の流れ。でも、春桜との再会シーンは描かずに、読者の想像にお任せにしてしまいます。
押し付けではない感動が生まれ鼻の奥がツ~ンとなる仕掛けです。
【作者について】
小坂 流伽(こさか るか)氏は1978年生まれで静岡県三島市出身。
大学卒業後、難病のの原発性肺高血圧症を発症しながらも執筆活動を続け、前作『余命10年』で書籍化(‛07年刊行)し、小説家デビュー。
‛17年に文庫版の刊行を待たずして2月に39歳の若さでご逝去されました。
本作の『生きてさえいれば』は‛18年12月の刊行。本作と『余命10年』と合わせると累計部数は100万部を超えます。
【舞台&背景】
舞台は東京と大阪。大阪から進学した秋葉が大学(大学名はありません)のとあるクラブ(「キャンプサークル」の記述あり)に入って新入生歓迎コンパでヒロイン春桜と出会います。
でも秋葉には入学式でひと目惚れした同学年の意中の女性(ひと)がいるのです。その子狙いでキャンプサークルに入ったという、なんともふらちな入部動機(笑)。とはいえコンパが恋愛のきっかけになることも確かにありますよね。
だけど未成年の飲酒が厳しい昨今、さらにコロナ禍の追い打ちもあり、こういう春の恒例のイベントは現在どうなっているのでしょう。(個人の判断で)マスクが不要になるという、この春から新入生歓迎コンパも堂々と盛んに行われるのでしょうか。
【レビュー&エピソード】
春桜が物語のヒロインではありますが、病室にいる春桜の視点ではなく、甥の千景と春桜の学生時代の恋人・秋葉(あきは)の視点で物語は進みます。
女流作家なのに、男性側からの心理描写や性描写まで克明に書き込んであってさすがだなぁ、と思わせます。それにしても、新入生男子が3年生の超美人女子(ファッション雑誌の表紙モデル)から逆プロポーズされるという男の妄想120%の設定で「何それ」てな、感じです(笑)。
それも秋葉が始めのうちは春桜を邪険にするというなんとも……ツンデレってやつですか(秋葉には春桜はヘンな子なのかな)。
とはいえ、春桜に付きまとわれるうちに、秋葉が徐々に春桜に魅かれていく様子は、胸キュン必至。回想の形でキャンパスライフを、瑞々しく長らくとっているのは、難病を発症してしまった作家にとって、青春を謳歌した大学生時代は、たいへん貴重で有意義な時間だったからに、ほかならないからでしょう。