【Book review】おいしいごはんが食べられますように
CULTURE
2025.08.14
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作り話のはずなのに
本当の話のように思えてしまう現代の名作をご紹介
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『おいしいごはんが食べられますように』
食事の好みと相性は近いものかもしれません。
ただただ合いますようにと祈っています
著 者:高瀬準子
出版社: 講談社文庫
定 価:660円(税込)
中野坂上の文教堂で‶ビニールできつくパッケージされた本書″を買いました。
略すれば「ビニ本」ですが「ふてほど(不適切にもほどがある!)」の昭和ではもっと違った目的の本の総称でした。
そういう本は特別な場所に置いてあって、簡単に開けないための、いや開いてのお楽しみ(がっかりの場合もあり)が目的の仕様ではあったのですが、令和の芥川賞作品のビニ本化はいったいなんのために……
この本以外はパラパラと立ち読みもOKの陳列なので……
書店の経営上、マンガのように「立ち読み(タダ見)客を増やしてはいけない」という考え方で文庫の世界も広がっていくのか、今後が気になります(苦笑・汗)。
【本書のあらすじ】
本書のカバーには――「真面目で損する押尾は、か弱くて守られる存在の同僚・芦川が苦手。
食に全く興味を持てない二谷は、芦川が職場で振る舞う手作りお菓子を無理やり頬張る。
押尾は二谷に、芦川へ『いじわる』しようと持ちかけるが……。
どこにでもある職場の微妙な人間関係を、『食べること』を通してえぐり出す芥川賞受賞作!」とあります。
また、H.Pとオビには「30万部のベストセラー」「世界各地で翻訳続々!」「最高に不穏な仕事×食べもの×恋愛小説!」「共感が止まらない!」「『わかりすぎてえぐい』職場ホラーNo.1」という宣伝文も並びます。
【著者について】
高瀬 準子(たかせ じゅんこ)氏は1988年愛媛県生まれ。
立命館大学文学部卒業。2019年、「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞しデビュー。
2022年本書で第167回芥川賞受賞。2024年、『いい子のあくび』で第74回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
著書多数――文庫から引用(一部略)。
【レビュー&エピソード】
どこにでもある職場のよくありそうな人間関係。そして、劇的とは言い難い、成りゆきのような色恋バナシ。
設定だけなら、なんで芥川賞……と思うのですが、解説の一穂ミチ氏の紹介では「ショートケーキという、日常における『ハレ』の食べものを、こうまでおいしくなさそうに描ける作家」とまずあり、「まずそう、ではないのがポイント」とあって、さらに「『接取という行為そのものに対する不快』が表現されている」と続きます。
家族の団らんを誰もが期待する、サザエさんが始まる日曜の夕食時に、幸せでない食事をいただくような、ざらついた(「砂をかむような」という表現がぴったりかも)読後感が残る作品です。
しかも、ごはんに関する相性が全くよくないにも関わらず、二谷は芦川と関係を持ち結婚するだろうと想像するのです。
ありがちなドラマなら、押尾が二谷に居酒屋で相談する流れで、できてしまうのでしょうが、そうはなりません。
結局、押尾は芦川を「悪い人ではない」とは分かったうえで気を合わすことができないまま会社を去っていきます。
そういう相性の悪さってありますよね。設定が身近なうえに心理描写が巧みなので作り話でありながら、これ、ワタシのこと書いてない?
職場のあの人のことかな? とつい思ってしまいます。
「おいしいごはんが食べられますように」という全世界に広がる不変の祈りに近い願いも、まずは身近なところから……と気づくのです。(さすが芥川賞!)。