【Book review】無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記
CULTURE
2025.05.15
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待ち遠しいから早口で、名残惜しくてゆっくりと、数えかたもふた通り
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『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』
余命短く臨終で見る景色まで伝えようとする
作家の読者に対する想いは消えることなく
著 者:山本文緒
出版社:新潮文庫
定 価:572 円(税込)
文庫本に巻かれたオビには、蛍光オレンジを地色に「本の雑誌が選ぶ2024年度 文庫ベストテン 第3位」と、アピールがあります。
本書は、そのオビの内容紹介にあるように、余命4ケ月の宣告なかで著者が書き続けた日記による本当に最後の作品となります。
命の炎が燃え尽きる間際までペンを持ち続けようとする作家としての熱意と気迫(執念とも、凄みとも)に感嘆せずにおられません。合掌。
【本書のあらすじ】
2021年4月、私は突然膵臓がんと診断された。
治療法はなく、進行を遅らせる抗がん剤をやめて、緩和ケアに進むことを決めた――。
まるで夫とふたりで無人島に流されてしまったかのような、コロナ禍での闘病の日々を、作家は日記として書き残した。
痛みや発熱の苦しみ、これまでの人生、夫への感謝と心配、「書きたい」という尽きせぬ思い……。
58歳で急逝した著者からのラストメッセージ。――文庫本のカバーより
【著者について】
山本文緒(やまもと ふみお)氏は1962年神奈川県生まれ。
神奈川大学経済学部経済学科(落語研究会所属)卒業後、OL生活を経て87年、初めて応募した小説「プレミアム・プールの日々」でコバルト・ノベル大賞佳作を受賞し作家デビュー。
99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞。
20年刊行の『自転しながら公転する』で21年に島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞を受賞。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『ばにらさま』『残されたつぶやき』など、コバルト・ノベル時代を差し引いても作品は多数。
21年10月13日、逝去――文庫本の年譜より抜粋。
【レビュー&エピソード】
あと生きられるのは120日(言い方を変えれば121日めに死刑)と宣告されたら……どうしましょう。
私なら、何かの間違いだと泣きわめき、だれかれ構わず八つ当たりし、独りで怒鳴りまくり、きっと、みっともない姿をさらすでしょう。
同時に酒浸りとなり神や仏を呪いながら自暴自棄の暮らしをするはず。
私は間違いなくそういう器の小さな人間です。反して著者の日記からはそんなやけを起こす行動は見られません。著者は、15年前に酒と煙草をやめているのに、どうして膵臓がんができて、人間ドックを毎年受けているのになぜ突然、末期症状なのでしょうか。
親交の厚い作家の角田光代(かくた みつよ)氏が不思議がりながら「これはだれにでも起こりうるできごとなんだ」と、巻末で解説します。
私も自分ごとのように5月24日から始まる日記に遺された最期までの日々を追いました。
その中で7月21日は『軽井沢アウトレットに行きジェラードピケで半額になっていたパジャマを買う』とあります。今更、倹約とか、おトクとか、おかしいと(著者も)わかってはいても、そうしてしまう行動に、「私もきっとそうだな(苦笑)」と共感しました。
また『この日記をもし読者の方に読んでいただける日が来るとしたら、私はもうここにはいない』との箇所では、冷たい現実にさらされている文中の著者に「読んでいます。面白いですよ」と心の声をかけました。「書きたい気持ちが続いてよかったですね」とも。