【才能よりも人間性にこだわる】人格磨きなら誰でもできる!~古典『菜根譚(さいこんたん)』からの教え~

LIFESTYLE

2024.03.16

【才能よりも人間性にこだわる】天狗になるか、ならないか

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世の中には、才能に恵まれているのに人格的にはもうひとつ・・・の人や、人格的には素晴らしいのに才能に恵まれない人がいます。

とはいえ、「ああ。、人格者になりたい…」といって簡単になれるものではありません。

自分の持っている能力を最大限に活かし、それに奢ることなく生きていく事は、意外と難しいものなのかもしれません。

 

スポーツ界ではアメリカ大リーグで活躍する大谷翔平選手が人格的にも超一流であると称されることが多いことで話題になっていますよね!

 

大谷選手のエピソードをいくつかご紹介しましょう。

 

 

【才能よりも人間性にこだわる】人格者と言われる人の行動パターン

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【人格者としても注目を浴びる大谷選手のエピソード】

・グラウンドに落ちているごみを見かけたら意識的に拾っている

・敵選手の落ちていたマスクを拾い上げ、わざわざ砂埃をはらってから手渡す

・元野球選手であるインタビューア2人から「尊敬する選手は?」と聞かれ、

「この2人もそうです。僕が小さい頃から見ている選手に、インタビューを受けているのも信じられない。もっともっと、今度は自分がそういう立場になれるように頑張りたい」と敬意のキモチを伝える

 

 

いかがでしょうか。

大谷選手自身これまで類を見ない評価を得ているにも関わらず、このような行動が自然にできるというのは、すべての事への感謝の気持ちがあるのかも知れません。

 

 

【才能よりも人間性にこだわる】才能だけを伸ばすか、人格も伸ばすか

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菜根譚の中でも、このような言葉があります。

 

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「徳は才の主にして、才は徳の奴(ど)なり。
才有り徳無きは、家に主なくして、奴の事を用(もち)うるが如し。
幾何(いかん)ぞ魍魎(もうりょう)にして猖狂(しょうきょう)せざらん。」

(菜根譚前集139より抜粋)

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そのまま意訳すると、

 

人徳は才能の主人で、才能は人徳の使用人である。

才能があるのに人徳が無いのは、主人が居ないのに間に使用人が勝手に振舞っているようなものだ。

化け物出てきて騒ぎ回っても何の不思議はないのだ。

 

と書かれています。

 

才能と人格は両輪である。

どちらか一方が欠けていると勝手に暴走し、その時だけは良くても、結果として調子が悪くなるものなのでしょう。

 

大谷選手は才能に恵まれながらも、人並み以上にハードな練習をこなし、どんなに有名になっても謙虚で思いやりのある姿勢を崩しません。
大好きな野球を続けられることに感謝があるから、才能をひけらかすことなく人格者としての立ち振る舞いができるのかもしれませんね。

 

日々どんな気持ちで過ごすかが人格を磨く事に繋がると思うと、明日からの行動の質も上がるような気がするのは私だけでしょうか。

 

 

【才能よりも人間性にこだわる】まとめ

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天からのギフトである「才能」は、誰にでも何かしら与えられているという見解もあります。それが周囲からわかりやすいものなのか、自分でも見つけにくいものなのか、そこに拘るよりも、日々の心持ちの積み重ねで育つ「人間性」を意識する方が人生楽しくなりますよね。

謙虚に奢ることなく生きることで自然と身に付く「人格」は、困ったときに周囲が助けてくれるなど、必要なときに現れる「救い」なのかもしれないと感じます。

 

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自分が調子がいい時ほど、誰かの助けがある。

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そう考えて周囲への感謝を忘れずに、人格者への一歩を踏み出してみませんか?