【Book review】太陽の塔

CULTURE

2023.12.14

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読書もクリスマスの行事のひとつです

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『太陽の塔』

相手にされない孤独のクリスマスのせつなさは

ファンタジーがきっと救ってくれることでしょう

 

著    者: 森見 登美彦

出版社:新潮文庫

定    価: 649円(税込)

 

今年の11月は霜月というのは名ばかりで、日本列島は全般に寒くはならず(地域によっては、初雪の便りもありましたが)小春日和の一日が多くありました。

一年を締めくくるクリスマスの月の直前だというのに……。

 

さて、そんな気候のなか「クリスマスに読む本は何がいいか」という命題に対し、webの検索エンジンは、「笑って過ごしたいあなたに」というメッセージとともに本書を候補にあげたのです。

新潮文庫の新刊(2006年6月発行)の帯には「すべての失恋男たちに捧ぐ、爆笑妄想青春巨篇…in京都」とあります。

冴えない下宿に暮らす京都大学生たちの物話であることがSNSで分かりました。京都は学生の街でもありますね。ならば東京の代表的な学生街のひとつ高田馬塲の芳林堂書店で本書を探してみることに――。
平積みでたやすく見つけ、手にした本書は’21年5月発行の30刷でした。
芳林堂書店・高田馬塲店の書店員さん、早稲田の学生向きと考えて棚差しにせず平台に積んでいるのかも…(笑)。

 

 

【本書のあらすじ】

 

クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬフラレ大学生が京都の街を無暗に駆け巡る。
失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作――文庫本のブックカバーとWEBの紹介文から抽出して合せると概略はこんな感じに。

 

上述しているように京都大学の男子大学生が主人公(著者と同じ農学部の5回生で休学中)で、現状は勉学よりも寿司屋のバイトに明け暮れる生活。寿司屋の配達は店のバイクを使うも、京都市内の移動はもっぱら自転車で。
カバーで記されているように「私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない」と嘆き、でも「三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!」と悲劇が訪れたことを告げています。

 

別れても未練がたっぷりの主人公と水尾さんを恋慕するライバルとの攻防を軸に、実にくだらない(でも笑える)話と、華のない下宿暮らしに「モテない」を共通項とする友人の描写が続き(水尾さんと別れるきっかけのひとつとなったプレゼントの話もおかしい)、クライマックスは主人公と仲間たちがとったある行動が、クリスマスで賑わう京都の街の一画にトレンドを引き起こします。

華のない学生たちがクリスマスに反発してとったある行動とは…
そして、本の題名の「太陽の塔」の意味は…
興味や好奇心が高まったところで、まずはご一読を。

なにげない日常も、捉え方や表わし方ひとつで不思議な世界に変わることがわかります。

 

 

【著者について】

 

森見 登美彦(もりみ とみひこ)氏は1979年、奈良県生まれ。京都大学農学部大学院修士課程修了。

2003年、本著作にて日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビュー。′07年、『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受賞。′10年、『ペンギン・ハイウェイ』で日本SF大賞を受賞。
――文庫本のカバーより。

 

読書家の友人に話をしたら、『夜は短し歩けよ乙女』は読んだもののデビュー作はまだ読んでいないとのこと。
読者の拡がりと版を重ねる機会は、まだ十分にありそうです。

 

 

【舞台&背景】

 

京都が舞台ですが、物語の中には華やいだ場所は登場しません。
京都の名所といっても鴨川の河原と大文字山くらい。しかも鴨川の河原は、等間隔に居並ぶカップルを見て悪態をつかせるための設定です。

下宿とバイト先の寿司屋、学生の団体が贔屓する大衆居酒屋、怪しい路地裏と大通りの交差点が主な舞台です。
主人公の仲間も派手な暮らしはしていませんが、主人公と異なりきちんと研究室や図書館に通い勉学に励んでいるのは立派。やはり京大の理系学生はひと味違います(笑)。

ところで、この頃2025年開催の大阪万博のニュースが多く耳に入ります。
やれ、どこかの国が出展を止めたとか、当初より予算がオーバーしているとか、シンボルとなる木造建築の大屋根の組み立てが始まったとか(広い会場では、目印となる大きな建造物が見えると自分の位置関係が掴みやすくなりますね)。
同じ大阪で昔、万国博覧会が開かれたことはご存じでしょうか?
1970年のことなので、30~40代世代が生まれる前となります。
当時の会場のシンボルが本のタイトルになっていて、ヒロイン水尾さんと強くつながることになるのです。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

巻末の解説を俳優で読書家の本上まなみ氏が担当しています。
氏が「文士的語り口」と紹介しているように、主人公の独白主体で進んでいく文章は誇張しすぎのところもあって癖があり最初はとっつきにくく感じました。(会話文が出てくるとホッとするほど・笑)

慣れてくると、こんな風に日常を切り取ってみるとドラマに変わるのねぇ、と思った次第。無声映画の弁士がオーバーに語るのと近いかもしれません。ハマると癖になります(笑)。

また氏は、主人公や繰り広げられるエピソードに対して「へもい」と評しています。
イケてないんだけれど愛らしくて憎めないという意味だそうです。クリスマスソングのような華やかさは微塵もないけれど、ハッピーな読後感に包まれるのはその「へもい」のおかげなのでしょうね。