【Book review】白いしるし

CULTURE

2023.10.07

 

💍

いい小説は

作り話とわかっていても心がざわつきます

💍

 

『白いしるし』

カバーの猫の背中の写真は実は意味あり

読みながら 恋の辛さにヒリヒリとくる一冊

 

著    者: 西 加奈子

出版社:新潮文庫

定    価: 605円(税込)

 

ファッション関係者が集まる東京・東日本橋の繊維問屋街。その正面に店を構える「アスカブックセラーズ」で本書を購入しました。その土地柄、ファッション誌を定期購読する会社や勤め人がたくさんいますが、庇の看板には美大生が描いた子供の顔入りの楽しいイラストが。

庇の下は雑貨のほかに駄菓子も店頭を飾ります。平日の午後は、学校帰りの子もたちのほか小さい子連れのお母さん達が訪れます。

ちいさなドッド柄のオリジナルブックカバーはセンスよくほっこりしました。

 

 

 

【本書のあらすじ】

 

女32歳、独身。誰かにのめりこんで傷つくくことを恐れ、恋を遠ざけていた夏目。

間島の絵を一目見た瞬間、心は波立ち、持っていかれてしまう。
走り出した恋に夢中の夏目と裏腹に、けして彼女だけのものにならない間島。

触れるたび、募る想いに痛みは増して、夏目は笑えなくなった――。
恋の終わりを知ることは、人を強くしてくれるのだろうか?
ひりつく記憶が身体を貫く、超全身恋愛小説。

 

――文庫本のカバーより。

 

 

出だしは、深夜営業の居酒屋で、その居酒屋の暗がりに溶け込んでいる青年男女が酒を飲むシーンから始まります。
ヒロインの夏目は絵を描きますが、アルバイトでなんとか生計を維持しています。相手をする瀬田は売れっ子のカメラマン。二人は特別な関係ではなく、夏目は瀬田の家に行ったこともなく、プライベートに関することは一切知りません。
仲がいいだけの異性の友達同士です。瀬田が夏目に絵描きの男性を紹介しようとすることで物語は動いていきます。
そのなかで過去の夏目の激しい恋が徐々に明らかにされていきます。

 

(本人いわく)「箸にも棒にもひっかからないような」大人しい女性が七つ上の美容師に夢中になることで外見が派手になり、周囲の見る眼も変わったこと。
そして、彼と別れたあとは絵を描くことでしか、心の傷を癒せなかったこと、東京に逃げてきた理由もつかめます。

 

そして、読み進めるにつれ、夏目以外の登場人物も恋にやつれた心の闇を抱えていることが分かります。ただの恋愛小説と捉えることなかれ。

読みながら、体のあちこちが痛くなったり、恐怖感や嘔吐感に襲われたりもします。
でも最後に夏目が味わう解放感にわが心も踊ります。

紙数は本文191頁。登場人物たちのエネルギーを分けてもらいながら一気読みで、達成感も格別です。

 

 

 

【著者について】

 

西 加奈子(にし かなこ)氏は1977年、イランのテヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育ち、関西大学法学部卒業後、就職はせずにフリーライターを続ける傍ら、小説を書き始めて、2004年『あおい』でデビュー。

翌2005年に発表した『さくら』がベストセラーに。

その後、‛07年『通天閣』で織田作之助賞、‘13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、‛15年には作家生活10周年を記念して上梓した大作『サラバ!』で直木賞を受賞。

また、‛06年に刊行した『きいろいゾウ』が、宮崎あおい、向井理の出演で映画化(‘13年)。

‘11年に発表した『漁港の肉子ちゃん』が21年に明石家さんまプロデュースで劇場アニメ映画化されたのは記憶に新しいところです。

 

 

【舞台&背景】

 

東京の新宿より少し西側が舞台。

夏目は、大阪から上京した際は千歳烏山の1Kに住み、下北沢の中古CD屋でアルバイトをしていましたが、現在は中央線の三鷹に引っ越しています。
週に5日ほど、新宿三丁目のバーでアルバイトをして生活費を得て、東中野在住の男とも・・だち・・?の瀬田とは、互いの住まいの中間にあたる阿佐ヶ谷の居酒屋で待ち合わせます。

夏目のセリフに「日本は東京とそれ以外だ」とありますが、きらびやかな場所は登場しません。

夏目が夢中になる男、間島昭文に出会うのは𠮷祥寺のギャラリー、間島は方南町近辺に住んでいるらしく円にすると半径3㎞くらいのエリアのなかで人間模様が繰り広げられていることになります。
夜の場面が多く、黒づくめの服装という説明もあって、地の文を色に例えると黒が基調なのですが、その分間島の描く白い絵の記述が輝きます。

ラストは遠く離れた場所にレンタカーを疾走させ、鬱積した気持ちを爆発させる夏目。その前に本の題名にもつながる異常な行動を起こします。コントラストの強い構成で飽きません。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

東京が舞台ですが、夏目、瀬田、間島は関西出身。

会話はすべて、いわゆる関西弁です。そのせいか、表向きはユルくホンワカした調子なのですが、裏側の気持ちの部分は鋭くて少しエグイ。

狂気と呼んでもいい部分も含まれていて、その対比が面白さにつながります。ところで、大人らしい成熟さを表す際、「裏も表も知り尽くす」という表現があります。

大人になり切れない若者の心を持つ人は、その裏と表に振り回されます。とりわけ恋愛の裏表はシンドイ。純な気持ちの芸術家である登場人物たちが激情にかられるのは、さもありなん、と言えそうです。

また、本書のなかで試合中にプロレスラーが死に至るニュースを取り上げていますが、それは、46歳で亡くなった三沢光晴選手のことです。リアルな話が加わると、想像の世界から現実の世界に戻されてしまい、作り話であるこの恋愛談も、もしかしてありえるのか、と思い直させて……しまう憎いしかけです。