【Book review】愛の夢とか

CULTURE

2023.09.20

 

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本のなかでなら

人づきあいの苦手な私でも良い隣人と出会える

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『愛の夢とか』

 

誰もがありえる日常の出あいと別れ

でも少し変わった人間関係が本書で味わえます

 

著    者: 川上 未映子

出版社:講談社文庫

定    価: 660円(税込)

 

蝉しぐれにはまだ少し早い、夏の始まりの夕暮れ時。

代官山の蔦屋書店をのぞいたところ、ピンクに色づいた特別展示のコーナーが目に留まりました。本書の中の短編「アイスクリーム熱」を原案とした映画公開のお知らせです。

本書には映画のワンシーンでデザインされた特製のピンクの帯が巻かれていてキュートな装いです。

会計を済ませると、蔦屋書店を訪れる本好きの皆さんに倣い、外のテラスで夕涼みがてら読書を楽しみました。

 

 

【本書のあらすじ】

 

2016年初版(文庫)発行の7つの短編集。

住宅地に隠れた名店のビストロ料理のように、手頃な分量ながらも、様々な切り口のお話の材料が用意され、手間を惜しまぬシェフのごとく、言葉選びを吟味した長い一つの文章が登場人物の感情を豊かに表現しています。

いわば川上未映子氏がつくる言葉の料理(クセになりそう)が十分に堪能できます。掲載の短編をビストロのコースに例えると……。

前菜の「アイスクリーム熱」はアイスクリーム店員なのにアイスクリームが作れない女の子と2日おきに買いに来る彼との恋愛ではない一風変わった関係のお話。

2品めのスープは本書の題名にもなっている「愛の夢とか」。リストの名曲「愛の夢」に「とか」という余韻を持たせたのは著者のセンスならでは。ピアノの音に誘われて、二人の主婦がお隣り同士の付き合いを始めます。互いをテリー、ビアンカと呼び合うあたりから、不思議なムードに包まれていきます。

うまく弾けないから、ただピアノを練習するだけの話なのですけれど、谷崎潤一郎賞を受けるということは、こういうことなんですね。

 

3品めの「いちご畑が永遠に続いていくのだから」は、ご存じビートルズの楽曲「StrawBerry Fields Forever」由来だなと思って読みはじめても楽曲とはまるで関係なく、実験小説風な趣、ひたすら、いちごをつぶします。

4品めの口直しは「日曜日はどこへ」。昔、恋人と「別れても、その小説家が死んだら必ず会おう」と約束した主人公のわたしは、約束の場所の植物園へ。何も起こるはずがないのに立ち尽くす姿に読み手の心がゆらぎます。

 

5品めは「三月の毛糸」。コース料理ならここでメインですが、この短編はデザートクラスかな(著者はコース料理に比喩されるとは思ってはいないでしょうけど)。主人公は男性です。

彼女は妊娠しています。二人だけの物語です。旅先なのに、ホテルの部屋に留まったまま、あまり意味のない不毛な会話を繰り返します。

そして二人は眠たさをこらえきれません。脈略なくおこる不思議な情景の描写に、読者もなんだか夢を見ているよう、それとも読みながら実際に眠ったのか……と思わせる、まさしく夢物語といえそうです。

6番目にサーブされるのは「お花畑自身」。始まりに「悪魔」の言葉が踊ります。途中の「かまぼこの板。乾いています」の表記にドキン(川上ワールド満開)!! 丹精こめた家と庭を手放すことになった主婦のお話。ホラー風でもあり少し背筋がぞわぞわ……します。

最後は文量的にも、内容的にも、この短編がメインかなと思わせる「十三月怪談」。

読書メーターでも一番の人気でした。死んだ後も成仏せずに夫を見守る亡き妻のお話。落語が元であろうあらすじですが、滑稽さは微塵もありません。生きて日々を積み重ねる夫には新しい恋人もできます。

それをただ切なく見つめるだけの亡き妻・時子。39際で妻と死別した夫・潤一は69歳で倒れ、時子との再会を果たすのです。30年をかけた純愛の物語。

 

 

【著者について】

 

川上未映子(かわかみ みえこ)氏は1976年大阪府生まれ。

2008年『乳と卵』で芥川賞、‘09年詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、‛10年『ヘブン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、

‛13年詩集『水瓶』で高見順賞、同年本作の『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、‛16年『あこがれ』で渡辺淳一文学賞、‛19年『夏物語』で毎日出版文化賞とそうそうたる受賞歴。

‛22年『ヘブン』英訳本が、世界的に権威のあるイギリスの文学賞であるブッカー賞の最終候補に選出されています。

 

 

【舞台&背景】

 

購入した文庫本は‛23年7月12日発行の11刷でした。

7月14日公開の映画「アイスクリームフィーバー」に合わせ増刷したのですね。

吉岡里帆が主演のこの映画は渋谷が舞台です。原作では男女が相手をする物語ですが、映画でのお相手は女子、存在感たっぷりのモトーラ世理奈が務めますが、蔦屋書店のテラスに佇んで読書してくれたら画になりそう。彼女のそばかす、とてもすてきです(笑)。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

連作の短編集なら、上記の【本書のあらすじ】も、もっとコンパクトで済んだでしょうが、少ない頁数でも、どの作品もとても素晴らしく(当たり前ですよね)、はしょって紹介することができませんでした。

巻頭の「アイスクリーム熱」は本文9Pを満たしていません(それを1本の映画にしてしまう監督の

力量もすごいなぁ)。

さて、全編を通じて感じることは、何でもない日常が高名な作家の手にかかると、こんなにも光り輝き、躍動するのかということ。

映画監督・千原徹也氏の想像力も、さぞや掻き立てられたのでしょうね。