【Book review】夫が邪魔

CULTURE

2023.06.24

 

👿日常のなかの不穏を感じる事件、最近多くありませんか……👿

 

『夫が邪魔』

10人いれば10の心の闇がある

それが誤って殺人にまでいきついたら……

 

著    者: 新津 きよみ

出版社:徳間文庫

定    価:737円(税込)

 

なんとも刺激的な本のタイトルに魅かれて、Kindleの読み放題のリストから選びました。

本書は1998年に徳間文庫から『殺意が見える女』として出版された短編集を2019年に改題して再発行したものです。タイトルの強さで新たなファンを引き寄せられたのなら、徳間文庫の作戦勝ちと言えなくもないでしょう。

でも内容が伴っていなければ、当然、読者もついていけません。作品の内容がすばらしいからこそ、改題してでもこの短編集を残したいと編集者が強く思ったに違いありません。

確かに、巻頭に収録されている本の題名と同タイトルの作品の出来映えはすばらしく、看板に相応しいものです。手紙を使ったやり取りにとても工夫が感じられます。初出が25年前となりますが全く古さは感じられません。

やはり、いつの世も変わらないのは人の気持ち。道具が進歩しても、女性として、主婦としての気持ちは不変だから作品が長持ちするということなのでしょうね。

 

 

 

【本書のあらすじ】

 

表題作を合わせて収録されている短編は、全部で7作品。

①『夫が邪魔』②『マタニティ―・メニュー』③『二十五時の箱』

④『左手の記憶』⑤『捕えられた声』⑥『永遠に恋敵(ライバル)』

⑦『殺意が見える女』とあるなかで④だけが男性が主人公でほかはすべてが女性です(但し、④の重要人物も女性)。

女性の心の揺れが引き起こす思いがけない事件(それも殺人に至るまで)がお話の流れですが、そこには、過去の恨みや現在の嫉妬が絡み合います。

さらに、浮気に離婚、不妊と堕胎など、女性のいわゆる不幸といわれる材料をこれでもかと、かき(書き)集めた短編小説集が本書といえるでしょう。徳間文庫のH.Pから、表題作のあらすじを引用すれば――。

「仕事がしたい。なのに、あの男は“私の家”に帰ってきて偉そうに「夕飯」だの「掃除」だの命令する。苛立ちが募る女性作家のもとに、家事を手伝いたいと熱望する奇妙なファンレターが届く」

――巻末の解説によると、手紙のやりとりが主体となるお話を書簡体小説と呼ぶのだそうです。解説者である杉江松恋氏は「読めば絶対に不安な気持ちにさせてくれる書き手であると信頼を寄せている」とのこと。

例えるなら、断崖絶壁の突端に立たされるかのような状況。そんな気分を味わいたいのなら新津きよみ作品はおススメです。

 

 

 

 

【著者について】

 

新津(にいつ)きよみ氏は1957年生まれで長野県出身。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、旅行代理店勤務などを経て、1988年『両面テープのお嬢さん』で作家デビュー。

勤めながら通っていた小説作法講座で勧められた小説の投稿がデビューのきっかけ。

以来、数多くの作品を発表。女性心理を追求した描き方には定評があり、本書のような日常に根差したサスペンス、ホラー作品が数多くあり、たくさん映像化もされています。

 

 

 

【舞台&背景】

 

時代は現代。著者の出身地が長野県ということからか、作品をまたいで数ケ所に上田の地名が。

木曽、松本、豊科、穂高、安曇野を巡るお話も。また世田谷区若林の地名も2作品に登場していて、著者の現在のお住まいもその辺りなのかな、と作中の登場人物の推理よろしく、つい勘ぐってしまいました(笑)。

ところで、この短編集の初出となる1998年はどんな年だったかというと、10大ニュースのトップが和歌山ヒ素入りカレー事件でした。カレーライスという日常の食べ物に毒物が混入、67人が中毒し、そのうち4人が死亡した事件です。

地域の夏祭りに大量殺戮を狙う動機はなんだったのか? 刑が確定した林眞須美死刑囚は、いまも無実を訴えています。

 

 

 

【レビュー&エピソード】

 

上記のカレー事件のように、どこにでもありそうな日常の光景なかに、とんでもない不条理が隠されている。「事実は小説より奇」なのでしょうけれど、事実に負けないように著者の新津きよみ氏は、日常の不条理を苦心して創っているのでしょうね。人物も「十人十色」なら10人それぞれの闇を持つという具合に。

この短編集のなかには、嫌がらせや悪戯に近い行為が、全く関係のない人物の殺人事件にまでつながってしまう物語もあります。

前出の解説者の杉江松恋氏は「すべてが動機の小説」と教えてくれていますが、なにも殺人を起さなくても、と思わせるところから、殺人せざるおえない不安な状況に作りあげていく過程は、この作家ならではのうまさです。

本書の旧タイトルでもある巻末の短編『殺意が見える女』は1997年に書かれていて、第51回日本推理作家協会賞の短編部門の候補作に挙げられています(因みにその年の短編部門の受賞作は該当ナシ)。

この作品は場面転換が多くて、20字詰めの原稿用紙で5行ほどのシーンも。

脚本のト書きに近い感覚でしょうか、テンポよく場面が変わるので、視聴者を飽きさせないテレビのサスペンスドラマを見ているかのような印象も持ちます。