風が強く吹いている
CULTURE
2023.02.18
著 者:三浦しをん
出版社:新潮文庫
定 価:1,045円(税込)
単行本で刊行されたのは2006年ともう17年前ですが
2023年の箱根駅伝を見ていたら思い出して無性に読みたくなり
文庫本をお茶の水の「丸善」で購入。
前年暮れから残った新潮文庫の『紅白本合戦』のポスターでは
紅組の10位に入っています。
何故、読みたくなったのかというと2023年の箱根駅伝は予選会から
立教大学が注目されていて(優勝争いではなく)縁遠かった大学が
55年ぶりの出場となったからです。
奇しくもその立教大学の青年駅伝監督は本書の主人公のひとり
清瀬灰二(ハイジ)と同じく現役ランナー。
大学生対抗の箱根に出られませんが、選手より速いんですって
(その後の都市対抗駅伝で立証)。
寄せ集めの弱小陸上部の選手を箱根に連れていくという設定が本書と
同じなので、夢の物語のはずなのにリアル感が加わり、再読なのに
感情移入はさらに大きく、感動が嵐となり心に吹きつけたのです。
【本書のあらすじ】
賄いつきのボロ安アパートは実は大学陸上部の寮!だった。
寮母がわりの陸上部4年のハイジの密かな想いは箱根駅伝に出場すること。
そんなことはつゆ知らず入寮していたのは長距離走とは無縁の
個性派ぞろいの8名。折々催す宴会での酒の強さに長距離走者になりうる
素質ありと判断するハイジ。
そこに天才ランナー・走(カケル)がひょんなことから加わることとなり、10人というギリギリの人数での箱根駅伝への挑戦が具体的に始まります。
素人だった8名も本格的なトレーニングに音を上げながらも、徐々に
徐々に箱根駅伝に必要な走行タイムまで記録を伸ばしていきます。
それでも総合時間では遅れが出てしまうのですが、挽回する役目の
ハイジと走(カケル)には共にある秘密を抱えていました。
仲間と寝食をともにしながらつらいトレーニングを続け、予選会、
そして本選へと。皆、走りながら自分に問いかけを続け、脚力と共に
未熟だった心も成長していきます。
箱根駅伝を走り終えて10人が得たもの……とは?
エピローグでは爽やかな多幸感に包まれます。
【作者について】
三浦(みうら)しをん氏は1976年、東京生まれ。
2000年にデビュー後、高名な各賞受賞のベストセラー作家であることは
周知の通り。’06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、
’12年『舟を編む』で本屋大賞、‘15年『あの家に暮らす四人の女』で
織田作之助賞を受賞されています。
【舞台&背景】
舞台となる寛政大学の竹青荘は東京の環状八号線の外側、
京王線・千歳烏山駅と小田急線・祖師谷大蔵駅か成城学園駅が
最寄り駅との記述が作品中にあります。
もちろんフィクションですが、2003年まであった移転前の青山学院大学の
世田谷キャンパス(理工学部)あたりかなぁとイメージしてしまいます。
駅伝メンバーのひとり留学生のムサも理工学部です……し。
また、本書の解説にも綴られていませんが、脱サラのうえ青山学院大学を
駅伝の強豪校に育て上げた原晋氏の陸上部の監督就任が2004年です。
作品への影響はなかったのでしょうか。
一切関係がないとしたら本書の発行の前後するような年のタイミングに
駅伝の神様が授けてくれた偶然なのでしょうね。そして、文庫本の帯には
もちろん、原晋監督大推薦!! のコピーが光っています。
【レビュー&エピソード】
6年かけて取材を重ね書き上げたとあって駅伝競技の仕組みや裏側、
長距離走者の心理まですべて仔細にリアルに描写されていて、
ドキュメントのよう。
とはいえ、登場人物の設定(「アルプスの少女ハイジ」から?)や会話のやりとりに軽妙さを加えるのも、作者ならではの味。
走るという行為は突き詰めていけば深いものだと思いますが、
(求道者ランナーも登場します)こんな大学生いるよねぇ、と軽い気持ちで読み進められます。
とはいえ、こんなズブの素人が、たった10人で箱根駅伝に出場するのは(しかも半年の訓練で)全くのファンタジー。
でも応援したくなります(これも作者の力量ですね)。
根底に流れるテーマは、マンガ誌『少年ジャンプ』と同じく「友情・努力・勝利」でしょう。
作品前半の登場人物達の仲間たちとの葛藤が後半では信頼へと代わり、
襷(たすき)をつなぐという行為で昇華されます。
その心は「速く」ではなく「強く」―中継所に必死で向かう走者、
仲間を信じる次走者の心理描写に鼻の奥がむず痒くなり、
到着時、倒れ込むように襷を渡す走者の描写で涙腺崩壊。
いわば『走れメロス』の10人分でしょうか。
ピュアな青春っていいなぁ、と心の底から思えます。
箱根駅伝往復路10区間のコースやしかけどころもよくわかり
箱根駅伝のガイド的な役割も十分。
駅伝前でも駅伝中継の合間でも、おススメです。