みかんとひよどり
CULTURE
2023.01.14
著者:近藤 史恵
出版社:KADOKAWA/角川文庫
定価:704円(税込)
ボジョレーヌーボーの季節にワインに合う読み物はないかなぁ、とKindleの読み放題を検索していたら、この本に出合いました。カバーのイラストからグリルされた肉のいい香りが伝わってくるかのようです。しかもこの肉はジビエ(フランス語)といって、狩猟によって捕獲された野生の鳥獣。ヨーロッパ、とくにフランス貴族の伝統料理として君臨しています。ワイン片手にジビエ料理を心待ちにするお客さまの気分で本書を開きました。
【本書のあらすじ】
近郊の里山に入ったにもかかわらず、主人公の男性・潮田(35)が遭難死を覚悟するところから本書は始まります。潮田は、一度自分の店を潰した経験も持つフランス料理のシェフ。本国での修業経験もあり、ジビエ料理を売り物に腕を磨いています。小さなレストランを女性オーナーから任されていますが、お店の人気はいまひとつ。いつクビになるかと焦るなかで、お客さまからの評判を良くするためには新鮮な食材が必要と、自ら愛犬を伴い狩猟を始めたというわけですが……。
冷たい雨のなか救ってくれたのは、地元の山で害獣駆除をしていた腕のいい猟師の大高。これが縁となり男の友情物語が始まります。大高から得たジビエでレストランの評価も徐々にあがっていきますが、ある日、大高の家がどうやら放火されて全焼するという事件が起きます。犯人は誰なのか、放火の理由は何なのか、レシピづくりの苦労話にミステリー風味が加わり、料理本とはひと味異なるハラハラ感を伴い一気に結末へとお話は進みます。
【作者について】
近藤史恵(こんどうふみえ)氏は1969年生まれで大阪府出身。大阪芸術大学卒業後、1993年、「凍える島」で第4回鮎川哲也賞を、2008年、「サクリファイス」で大藪春彦賞を受賞。文体がちょいと男子っぽく感じるのもむべなるかな。ビストロを舞台にした推理小説(「ビストロ・パ・マル」)シリーズも有名。
【舞台&背景】
潮田の料理の腕にほれ込み、女性オーナーが用意したのは京都市内の小さなレストラン。そこでは、キャバクラから転身した若葉という年齢不詳の女性と2人で切り盛りをしています。あまり客も来ないようですから、2人で十分なのでしょう。いちばんの贔屓はオーナーの澤山かも。この店は赤字でもインド料理店も経営していてそちらで利益を得ている模様。その澤山をうならせる大高の捕獲する鳥獣は京都の山中から調達。登場人物の会話を通じて、むやみに鳥獣を殺めていないこと、ジビエを食材として使う際の衛生上の決まりごと等が詳しく語られます。
【レビュー&エピソード】
本の題名の「みかんとひよどり」は、廃棄された果樹園のみかんを食べて肥えたひよどりを料理に使ったら美味しかったという本書のなかでのエピソードから。フレンチにはオレンジを食したひよどりのレシピがあるのだとか。各章立ての見出しも料理名がフランス語とともに並んでいてメニューを眺めている気分。登場する料理に添えるソースや付け合わせも本格的で、作者はきっと食通なんだろうなぁ、と思いつつ、読書と一緒にいただいた安物のワインが美味しく感じられました。