「不惑」であること~歳を重ねて生まれる魅力~

CULTURE

2026.02.04

皆さまこんにちは!moca編集部ECOです♡

 

「もう若くはない」「この年齢で、今さら…」

そんな言葉を、自分に向けて使ってしまうことはありませんか!?

けれど日本には、年齢を重ねることを衰えではなく、成熟として捉える言葉があります💓

そのひとつが 不惑(ふわく)

 

不惑とは、孔子 の言葉。

「四十にして惑わず」に由来するものです😊🎀

ただしこれは、「40歳になれば迷わなくなる」という単純な意味ではありません。

 

むしろ不惑とは、迷いを経験したうえで、自分の軸を持ち始める境地であることを最近学びました✨

人の魅力は静かに、しかし確実に深まっていくことを感じることができれば、人生がもっと豊かなものになる気がしませんか!?

 

今回の記事では、そんな「不惑」についてコラムを書かせていただきました🐻

 

 

 

 

■不惑とは「迷わない」ことではない■

 

人生を重ねれば重ねるほど、選択肢は増え、責任も増し、簡単には決められない場面が多くなります。

だから不惑とは、「迷わなくなる状態」ではなく

 

🌹迷っても立ち戻れる場所がある

🌹他人の意見を聞いても、最後は自分で決められる

🌹正解が一つではないと知っている

 

そんな心の安定感を指す言葉。

若い頃の迷いが「自信のなさ」から来るものだとしたら、不惑の迷いは「分かっているからこそ考える」迷い。ここに、歳を重ねた人ならではの魅力が宿ります。

 

 

■歳を重ねることで増す、本当の魅力■

 

年齢を重ねた人の魅力は、決して派手さや勢いではありません。

 

🌹言葉に重みがある

経験を通して選ばれた言葉は、多くを語らなくても相手に届きます。

🌹無理をしない姿勢が美しい

自分の限界を知り、頑張りすぎない選択ができることは、成熟の証。

🌹比べなくなることで生まれる余裕

他人と競わなくなったとき、人は初めて穏やかな存在感を放ちます。

 

これらはすべて、成熟した魅力だと思いませんか?

 

 

 

■不惑の魅力は「静か」だから気づきにくい■

 

現代社会では、若さ・スピード・派手さが目立ちやすく、不惑の魅力は少し見えにくいかもしれません。

けれど、安心感を与える人・一緒にいると落ち着く人・判断を任せたくなる人。

こうした存在は、実は年齢問わず「不惑」の魅力そのもの。

 

 

■不惑とは「手放すことで強くなる段階」■

 

不惑に近づくと、人は少しずつ手放していきます。

🌹全員に好かれようとすること

🌹無理に若く見せること

🌹できない自分を否定する癖

 

それらを手放すことで、逆に「自分らしさ」は輪郭を帯びていきます。

これは諦めではなく、洗練と捉えることはできませんか?

余計なものが削ぎ落とされた先に、本質的な魅力が残るのです。

 

 

■不惑はゴールではなく、魅力の入口■

 

誤解されがちですが、不惑は完成形ではありません。

それはむしろ、自分の人生を自分の足で歩く準備が整った状態。

 

ここから先、知性・優しさ・深みはさらに増していきます✨

「まだ迷いがあるから不惑ではない・・・😿」そう思う必要はありません。

 

迷いながらも、他人の正解ではなく自分の感覚を信じ始めているなら、それはすでに不惑への道の上にいるということ💓

 

 

 

■さいごに・・・♡■

若さには若さの輝きがあります。時にはもう戻れない「過去」というものに、どこか未練を覚えたり・・・でも、不惑には格別な美しさがあることに気づかされました🎀

それは、静かで押しつけがましくなく、それでいて揺るがない魅力です😊

不惑であることは、人生に対して少し肩の力を抜きながら、それでも誠実に向き合えるようになることなのですね!

その姿こそが、時間が育てた、何よりの魅力かもしれません✨

それではまた次回の記事でお会いいたしましょう~♡