【Book review】平場の月

CULTURE

2025.12.05

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すぐれた食べ物の描写は良き思い出と同時に心の底にある澱も浮かびあがらせる

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『平場の月

スーパーの惣菜売り場で夕食の団らんを想い

ちょうどよいしあわせだなと感じたことありませんか?

 

著    者:朝倉かすみ

出版社:  光文社文庫

定    価:748円(税込)

 

「平場」の意味を国語辞典で調べると中辞典レベルでは、ひと言「へいち」や「ひらどま」の記載くらいしかありません。

ネットで検索すると「文脈によって様々な意味合いで使われる」とAI回答が。本の題名に相応しい「平場」とは、特別なことが起こる舞台ではなく、私たちが普段過ごしている普通の場所や状況とあります。

作者のコメントも転載されていて「『ごく一般の人々のいる場』という意味で『平場』という言葉を使った」とあります(続く言葉が「太陽」ではなく「月」であるところも推して知るべしでしょうね)。題名は、(作者が)最初から決めていたとも。

2018年の刊行で21年文庫化、本年11月公開の映画(堺 雅人&井川 遥)に合わせ店頭で猛アピールをしていたので手に取った次第です。

 

 

 

【本書のあらすじ】

 

文庫本のカバーには――須藤が死んだと聞かされたのは、小学校中学校と同窓の安西からだ。

須藤と同じパート先だったウミちゃんから聞いたのだという。青砥は離婚して戻った地元で、再会したときのことを思い出す。

検査で行った病院の売店に彼女はいた。中学時代、「太い」感じのする女子だった。五十年生き、二人は再会し、これからの人生にお互いが存在することを感じていた。――とあります。

前述したAI回答では――この小説は、五十代の男女が偶然の再会を果たすところから始まる物語で、ごく普通の生活を送る人々が、普通の幸せを求める姿を丹念に描いています。――とありました。

 

 

【著者について】

 

文庫本の著者紹介は――朝倉(あさくら)かすみ氏は1960年生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞、04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞受賞。

09年に『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞受賞。17年、『満潮』で第30回山本周五郎賞候補、19年、本作で第161回直木賞候補、第32回山本周五郎賞受賞。――となります。

 

 

【レビュー&エピソード】

 

各章の見出しが話し言葉になっているのが特徴的で、全編、主人公の青砥の視点で書かれていますが、見出しにはヒロイン・須藤のセリフが使われます。

「痛恨だなぁ」とか「合わせる顔がないんだよ」とか須藤の芯の太さが伝わる言葉で、出だしからドキッとさせられます。

お話の舞台として東京・池袋から埼玉に向かう東武東上線の朝霞、新座、志木の地名が登場(銀座でも高輪でも平場の人たちはいそうですが平場感出しづらいかな・苦笑)。

地元だし、服装はファストブランドでもOKという考えで、待ち合わせ場所も、最初こそ居酒屋でしたが、お金がもったいないと、お互い独り者であることも手伝って、互いの自宅を行き来する家飲みになってしまいます。

当然、須藤の手料理はあるものの、青砥が用意するのはスーパーの惣菜がメイン。それでも十分、シンプルな食品名の描写が、二人の食事の会話を引き立てます。また家飲みは須藤のほうから誘ったことで、奢られることを良しとしない太さゆえ。

とはいえ、青砥への意識はあったはず(笑)。お互い最後まで下の名前で呼ぶことはなく、中学3年生の面影を五十歳まで抱いたまま、平場の恋を成就する二人。

須藤がガンで亡くなることは、読者は最初から知っているので、感情移入していくにつれ、切なくて寂しい気持ちが広がります。