掬えば手には
CULTURE
2022.11.01
著者:瀬尾 まいこ
出版社:講談社
定価:1,595円(税込)
ある調理学校では開校日の新入生への挨拶では必ず、卵1個の値段を生徒に挙げさせて(特売なら10円ほどですよね)「ここで腕を磨けば(オムレツで)1000円で売れる」と、生徒たちの心を鷲づかみにするのだそうです。
本書の舞台は、口は悪いけれど腕のいい店長(39歳)が経営するオムライス屋さん。
美味しいと評判ですが、店長とバイトの店員との折り合いが悪く、スタッフが固定しません。そこでバイトを始めた大学1年生の男子が主人公。ナンバーワンにもオンリーワンにもなれないと嘆くところから物語は始まります。
【本書のあらすじ】
大学入学を機に、独り暮らしを始めた梨木匠(なしきたくみ)は時給の良さにつられ近くのオムライス屋でアルバイトを始めます。
ところが辞める先輩バイトから引継ぎの際、「ご愁傷さま」と声をかけられたほど職場環境は劣悪な様子。学友たちが見守るなか、それでもバイトは続きます。匠が中学3年生の時に気がついた、人の心が読めるという能力のおかげかもしれません。
9月になり2歳上の女性、常盤(ときわ)さんが新しくバイトとして加わります。看護学生でひと駅先に暮らす常盤さんは、事務的に仕事をこなすばかりで、心を開いてくれません。常盤さんの心を読もうとした匠に別の声が聞こえてきて…実は、常盤さんには辛い秘密があったのです。
【作者について】
中学の国語教師の経歴も持つ瀬尾まいこ氏は1974年生まれの48歳。
2001年『卵の緒』で「坊ちゃん文学賞」を受賞し、翌年、作家デビュー。‘05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、’08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、’19年には映画化もされた『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」と受賞歴は華やか。本書は20作めとなる書き下ろし作品です。
【舞台&背景】
具体的な地名は出てきませんが、東京なら下北沢あたりをイメージ。というのは、飲食店街のなかにあるバイト先が2~3名で切り盛りする小規模店であること。
お店の客は若者や学生がメインで、けっこう人気なこと。学生向けのアパートが沿線に多く、いざとなったら、寝間着に近い恰好で5分で駆け付けられるなど、内容から汲んで察した次第です。
店長の口が悪いのは元ヤンキーだからと主人公は想像していますが、本書のなかでは明らかにされていません。オムライス屋を始めたのは祖母の影響と、店長がおばぁちゃん子だったことは明かされています。
【レビュー&エピソード】
主人公の梨木匠は人の心を読める特殊能力があるという設定ですが、漫画原作でドラマにもなった「みんなエスパーだよ!」のように作中に登場人物の心の声がばんばん出て来る訳ではありません(でも、ひとりだけ声が現れます。それで病気扱いにされてしまうのですが……)。
ところで、その特殊能力を使わなくとも、人使いの荒い店長とうまくやっていけたり、常盤さんがバイトを辞める3ヶ月の間に打ち解けさせたり、と個性がないと嘆くなかれ、梨木匠のコミュニケーション能力はものすごく高い。
同級生のなかで心を寄せてくれる女性もいそうな様子。就活も就職後もうまくやれそうです(笑)。